息子の卒園式
朝からシャツにアイロンしたり、ハンディカムの用意をしたり、バタバタとして保育園へ向かう。
もう五年も通っているので保育園のイベントの段取りは大体分かっているし、
今回は年長クラスの親御さんしか来ないのでそれ程混雑もしていない。
妻とどの位置からカメラがよく撮れそうかと相談しているウチに卒園式は始まる。
セオリー通りの挨拶があり、
卒園証書の授与を園長先生が行う。
ふと園長が声を詰まらせ、親御さん達も思わず涙を滲ませて、
僕はというと息子を撮り逃さないよう、そんな様子を静観しながら息子の登場を待つ。
上手い具合に息子の挨拶を撮影出来たけれど、他の子に比べやはり少し滑舌が悪いのが気になる。言葉については日々是正する事が大切らしい。
それにしても皆、ほんとに大きくなったな。
そして、滞りなく式を終え、最後、名前を呼ばれながら一人づつ退室していく。
僕はまた、撮り逃すまいとハンディカムを構える。
名前を呼ばれ、薄暗い発表室から正午の光射す廊下にスキップ気味で出て行く息子の背中は、少し大人びてファインダーに映った。その影を見て僕は、
「あっ、待って、行かないで…」
そんな言葉をふいに脳裏によぎらせて、
一歳の頃からずっと通った道、ハンカチを掛けるフック、迎えに行くと僕を見つけて飛びついてきた息子を思い出してしまった。
僕は泣いていた。
君を子乗せ自転車のカゴに乗せて出掛けるだけでも、僕はなんだか誇らしかった。親子ながらに相性が良いと思っていて、言葉もままならないでも何処か通じ合ってる気がしていた。
お調子者の君のおふざけを叱った時、皆が笑うからおふざけが好きだと言った優しい君を僕は誇らしく思った。
小さな手、何も言わなくても手を差し伸べれば握り返してくる、柔らかく小さな手。
…行かないでくれ、まだ。
廊下へ駆け出る息子の背中は少し大人びて、あぁ、僕は幼児の父を卒業するのだ。
そんな当たり前の事に今さら気が付き、
その尊さに胸を締め付けられる。
行かないで、
行かないで。
これからもきっと何度もそう思う僕を、息子はどんどん追い越していくのだろう。
いや、
「行ってこい。」そう強く背中を押せる強い父親に、僕もならなければいけないのだ。
でも、今夜だけは少し、
幼い君を思い出して涙したいと思う。
卒園、おめでとう。