川崎病、入院初日。
両目は真っ赤に充血、
おなじく唇も真っ赤に腫れ上がり、
耳の後ろは大きく腫れて、
背中には無数の発疹。
そして、40度を越える高熱。
苦しむ二歳の娘を抱き午後に行った町医者では、その疑いアリ。
との事だったけれど、続く高熱に深夜の救急病院へ行くと紹介状が出る。
翌朝、言われるままに入院の準備をして病院へ。御高齢の部長先生曰く、
「川崎病だね、間違いなく。」
原因不明の難病。全身の血管に炎症が起きて高熱が続く、
場合によっては心臓に後遺症の残る病い。
入院初日。
医療従事者の妻は手際良く入院準備を進め、僕は言われるがままに手を動かし、
妻と交代看護の段取りを終え、妻はそのまま午後の外せない仕事へと向かった。
娘は、大嫌いな診察と注射、
そして点滴と、朝からずっと泣き続け、
それ以外はグッタリと眠り、時折全身が痛むようで「いたい、いたいよ、いたいー!」と叫んで転がり回る。
話し掛けても泣き叫ぶだけで、
何も出来ない僕は、とにかく泣くたびに抱きしめた。そうすると、少し落ち着いてまた眠る。
点滴を『γグロブリン』に変更。
川崎病の特効薬で、ヒトの血液を精製して作られるが、1パック作る為に実に千人分の輸血パックを必要とするらしい。
それを5パック。
これが効けば熱が下がり、
後遺症が残る確率も低くなるという。
明日の朝、その効果が出るか否か。
そんな不安を抱かえながら、
苦しむ娘に座薬を入れてもらった。
座薬が効いたのか、
娘はしばし落ち着き、
赤い目で不安げに僕を見た。
「元気になったら遊びにいこうね。」
僕がそういうと、
小さく、でもハッキリと
「ウン」
と頷いた。
僕は不覚にも涙をこぼした。
この子は小さな体で頑張ってるのだ。
それを横で聞いてたお義母さんは、
ウチに帰ってすぐに旅行の予約をしたというので、気が早すぎると少し笑ってしまった。
夕方、妻と交代し、
僕は自宅へ。
お義母さんと息子が帰りを待っていた。
息子はずっとアニメを観てる。
僕は一人遅い晩飯を済ませ、
息子に歯を磨く時間だと言うけれど、
まるで無視。
息子も寂しかったのかも知れない。
しかし今、息子がワガママを言ってもそれを聞いてあげれる環境でもないので、
娘の事をちゃんと話す事にした。
こっちにおいで、と目の前に座らせてもヘラヘラしてフザケた様子。
具体的にいっても危機感が伝らないだろう。なので少し大げさに怖い病気である事を伝えようとして、
「あのね、妹はこれからしばらく入院するんだよ。だからパパとママは入れ替わりで診なきゃいけないの。」
「え、やだよ」
「でもね、そうしないと、もしかしたら」と言った所で
『妹、帰って来ないかも知れないよ』
そう続けようとした言葉を僕は飲み込んだ。
飲み込んだ言葉に自答するように、
「…妹が帰って来ないなんて嫌だよ!
…イヤだよ、パパは君たち一人でも帰って来なくなったらどうしたらいいかわかんないよ…」と言葉途中で泣き出してしまった。
泣き出した僕に驚いたのか、
息子は何も言わず洗面台へ歯を磨きに行った。
ほんの何日か前まで、娘は自転車の前カゴで「しゅべりだい、しゅるー」なんて言ってたのに。今日の小さく頷く娘の姿を思うとそんな当たり前ですら尊く、
切なく感じるのだ。
なんの前触れもなく日常は崩れてしまう。
どこかで覚悟をしてたつもりでも、
実際に起こってみるまで、いや起こっても直ぐには受け入れられないモンだな、
と僕は息子と布団に入る。早く寝な、
と僕に背を向ける息子の頭を撫でる。
「イヤだよ。パパが泣き止むまで寝ない。」
もう泣き止んでるよ、と返すと、
「だってパパ、まだ声震えてるモン。」
弱虫なパパでゴメンな。
でも、君たちが愛おしくて、
涙が止まらないんだよ。
僕は無言で息子を抱きしめ、
その日僕は、
泥のように眠っていた。